現在、プロの間でよく指されている戦法(情けないことにこの文章は2015年に書いているので、8年も前のことになるが)について、どうしてそういう形、手順になっていったのかを判りやすく解説している本。元々、『将棋世界』に連載されていた講座を再編集し、プラス3つの新章を加えている。
内容は、「矢倉」「一手損角換わり」「8五飛戦法」「藤井システム」「ゴキゲン中飛車」「石田流」「コーヤン流(三間飛車)」「相振り飛車」とバラエティに富んでいる。ほとんどは同時よく指されていたものだが、藤井システムのように「指されなくなった戦法」もある。振り飛車が多いのは、天敵居飛車穴熊対策としていろいろな振り飛車が試されていたからだろう。
とても高度な内容のはずなのだが、不思議と読みやすい。定跡書ではなく、解説書に近いからだろうか。「プロ間では指されなくなりました」という感じで変化はかなり飛ばして、本筋の変化、新手合戦の部分のみを紹介している。なので、本書を読んでそれらの戦法が指しこなせるというわけではなく、本書を読むと現在のプロの最先端がよくわかる、という本だ。
それでも、本筋の変化はキッチリと押さえているので、本書でざっくりと流れを押さえておいて、あとでそれぞれの戦法の定跡書を読めば、より深く理解が得られるだろう。本当に丁寧にまとめられている。
また、戦法そのものの解説だけではなく、プロが将棋をどう捉えているのかについてもよく触れられている。「指し手の優先順位を考え、後回しにできる手は後回しにする」「禁忌はなく、どんな手・形でもきちんと精査する」といった考え方は、実際に将棋を指す上でもとても役に立つだろう。また本書では、プロ棋士達がそういった考えの元で、現実に数々の戦法を進化させていった様が、ドキュメンタリーのように語られる。
そういえば、本書で特徴的なのは、実際にプロ棋士にインタビューをしているという点だろう。まさにその道のプロに話を聞き、戦法の勘所や新手を思いついた背景など、貴重な話がポンポンと出てくる。プロ棋士間で少し考え方が違っている点なども合わせて楽しめた。
あとがきには、こんなことが書かれている。
最近のニュースでは説明責任Accountabilityという言葉がよく使われます。私たち棋士はファンに対する「説明責任」をきちんと果たしているだろうかと自問したとき、僕は自信がもてません。特にタイトル戦などトッププロの将棋はひとめですべて理解できるようなものではなく、何度も繰り返し鑑賞することで味わいも深くなります。本書を読み終えたみなさんに「なるほど、そういうことだったのか」「将棋を見る目がかわったよ」と思っていただけるとしたら、ほんの少しだけ説明責任を果たせたということで、これに優る喜びはありません。
いや、自信を持っていいと思いますよ。少なくとも、本書のような良書が世に出ているということは評価したい。
7年も後に評価しているから書けることではあるのだが(笑)、元々の連載は現在でも形を変えてまだ『将棋世界』誌で続いている。また、本書をもっともっと判りやすくした、『将棋・序盤完全ガイド 振り飛車編』のような「観るファン」向けの棋書も出ている。そういう流れがあるのは、本書の成功があってのことだと思いたい。
棋力を問わず、初級者から有段者まで、全てのファンに勧められる良書だと思う。