将棋コラム
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俗手か手筋か 〜第53期王座戦第2局より〜 |
Date: 2005-09-20 (Tue) |
羽生−佐藤の17番勝負は本当に熱戦が多く、この王座戦第2局でもスリリングな将棋を見せてくれた。
序盤の趣向、中盤の駒捌き、終盤の逆転劇と見所には事欠かない名局だったが、ここではポイントを一点に絞って見てみたい。
どこで逆転したのか?
これである。
この将棋、中盤に入ってから佐藤の腕力が冴えに冴え、角取りを放置していきなり寄せに出た。第1図の△6五銀がその第一歩で、ここに銀を据えることによって▲7四桂が消え、後手陣が強化されている。攻防の銀なのだ。
ここから本譜は▲4四飛△7六歩▲8七金△7五桂(第2図)と進むのだが、結論から先に言ってしまうと、第2図から▲7八歩△5三飛▲5七歩△6三飛▲9六角△9四歩▲5五角……といった手順で先手の羽生玉が安泰になってしまった。▲7八歩といった弱そうな受けでは普通はもたないとしたものなのだが、この局面に限っては安い駒で受けるのが正解だったようだ。
解説の山アも触れていたのだが、▲5七歩と打った局面で△6六歩▲同歩△同銀という攻めがあったらしい。銀が敵玉に近づく自然な攻めなのだが、そこで▲9六銀と受けられると、△8七桂成▲同玉(第3図)の局面が先手玉に詰みはなく、桂をもらったことで逆に▲7四桂以下の詰めろになっている。これは逆転だ。
おそらくこの辺に佐藤の誤算があり、△6三飛▲9六角……という手順になったのだろう。
これらを踏まえた上で本題に入るが、じゃあ後手の攻めは切れていたのか? ということである。
まず、そもそも第2図の△7五桂が問題だ、と考えることもできる。
「俗手の好手」というやつで、△7七銀(第4図)と攻めるのはどうか? というわけだ。
第4図から▲7七同金△同歩成▲同玉△7六歩(第5図)と進めば後手勝ち。これは綺麗に寄っている。
ただ、△7七銀に▲9八玉(第6図)と寄られた時の攻め方が難しい。
常識的には△7五桂だろう。
この手は2手スキになっているので、遅い攻めでは先手は勝てない。例えば、目障りな銀を消去しようと▲3二角と打っても、△8七桂成▲同玉△8八金▲9六玉△9四歩(第7図)で必至となる。以下▲8七桂に△7八銀不成だ。
しかし、▲3二角ではなく▲7四歩(第8図)とこちらを攻める手がある。
第7図までの手順で大事なのはむしろ7三桂なのだ。こちらを攻めるのが急所となる。
第8図から△8七桂成▲同玉△9四歩は、▲7九銀(第9図)としっかり受けて先手が指せそうだ。以下△6六歩には▲7三歩成△同飛▲5五角といった具合だ。
また、▲7九銀を避けて△8七桂成▲同玉△6六歩と直接攻める手は、やはり▲5五角△6七歩成▲7三歩成△同飛▲7四歩△同銀▲同飛(第10図)で先手が勝つ。
変化はいろいろあるのだが、7三桂がいなくなると上部が広くなるのでとたんに寄せが難しくなる。
第6図での△7五桂に代わる攻め筋があれば別だが、△7七銀では後手が勝てないと思う。
第2図の△7五桂でもダメ、△7七銀と直接打ち込んでもダメだとすると、代わりの攻めがないと後手が勝てないという理屈になる。
しかし。
どうも第2図の△7五桂はそんなに悪い手じゃないんじゃないのか? と、白砂は思うのだ。
△7五桂が問題だと言うのは、第3図のようになると逆転するから。しかし、これは後手が桂を渡したからである。
そう。悪いのは△7五桂ではなく、△8七桂成と桂を渡す攻めなのだ。
ではどう攻めるのが正しいかと言うと、△7五桂▲7八歩△6六歩▲同歩△同銀▲9六銀に、△7七銀(第11図)とぶち込む攻めだ。
第11図を冷静に見ていただければ判ると思うが、▲同歩と取ると△8七桂成▲同玉△7七歩成以下先手玉は詰む。つまり、この△7七銀を先手は▲同金と取るしかないのである。
これに気づけば簡単だ。△7七銀▲同金△同歩成▲同歩に△6五桂(第12図)と「俗手の好手」で迫れば先手玉は寄る。▲6四角の王手飛車は△7三飛で無効だし、ヨコからの飛車の王手は△5二歩合とすれば後手玉は絶対に詰まない。第12図は、典型的な後手の一手勝ちである。
第12図で▲6八銀と受けるのは、△6七歩が△7八金▲同玉△6八歩成以下の詰めろとなるので無意味。また、▲7八金と受ける手には△6七桂成でいい。今までは桂を渡すのは怖かったが、金を使ってくれたので桂を渡しても詰めろがかからなくなっている。だからゆっくりした攻めでも後手が勝てる。
また、少し戻って、▲9六銀ではなく▲9八金(第13図)という受けも考えられる。
現地解説会で検討されていた手らしいが、この手もやはり金を手放すと言う点で悪手である。△6七桂成とゆっくり攻め、▲7六金△7七歩▲同歩△7五銀打(第14図)と上から押さえつければ後手が優勢だろう。
こういう展開になると、△4六歩の垂れ歩、△5三飛と回って5七に狙いをつけた手などが全て生きてくる。佐藤の快心譜となっただろう。
読み抜けがあるかもしれないので断定は危険なのだが(笑)、以上のように、本局での後手の攻めは成立していると思われる。
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