糸谷流炸裂 ~第59回NHK杯戦3回戦第7局より~

zu第1図は2010年1月24日のNHK杯戦。
先手の糸谷6段が鈴木9段を相手に糸谷流を志向したところである。

形こそ3二金戦法と似てはいるが、糸谷流はかなり攻めっ気が強い。先手で指しているところからもそれは伺えるだろう。3二金戦法のような「千日手歓迎」戦法ではなく、相振りの感覚で相手の玉頭から攻めつぶす戦法である。

とはいえ、3二金戦法とも共通点は多い(正確には「3二金戦法は糸谷流と共通点が多い」とすべきなのだろうが、個人的な思い入れということで許していただきたい)この形、後手の鈴木9段の対策は気になるところだ。

zu第1図からの指し手
△3二飛▲6八銀△5一角▲5七銀△3五歩▲同歩△同飛▲3六歩△3一飛(第2図)

鈴木9段の対策は三間飛車への振り直しだった。

確かに、棋理から考えれば桂頭は弱点のひとつであり、そこを攻めるという感覚は間違っていない。

しかし、糸谷流も3二金戦法もそうなのだが、こう進むのであれば▲2七金とすれば桂頭は補強可能で、たとえ△3四銀から△3五歩と攻めてきても2枚vs2枚だから受け切ることが可能である。なので、第2図まで進んでしまうのであれば、この展開はさほど怖くはない。むしろ、早くに△3四歩△3五歩と決められてしまい▲3七桂型が作れなくなる石田流の方が指している側とすれば嫌だ。

なお、いくら今現在は受け切れるとはいっても、△7四歩から△7三角とされ、△3三桂△4五歩と総攻撃をされると、3七の地点が薄くなるために受け切るのが容易ではない。この指し方は白砂が町道場で指していた時に喰らったことがあり、あぁなるほどなぁ……と思ったのを覚えている。

zu第2図からの指し手
▲6五歩△3三角▲6八金△8二玉▲4八玉△4一飛▲7五歩(第3図)

白砂の心配を知ってのことか(違う違う(笑))、糸谷は▲6五歩▲7五歩と二つの位を取った。単純な話だが、こうしてしまえば前述の攻め筋は消える。

6筋の位を取ったのは美濃囲いの発展性をなくさせるためだろう。よく玉頭位取りは7筋の位を取るが、取れるのであれば6筋の位を取ってしまった方がいい。美濃囲いは△6四歩△6三金△7四歩△8四歩△8三銀△7二金と囲いを発展させていくが、6筋の位を取られているとそもそもの△6四歩が指せない。金無双のウサギの耳と同様、実は美濃囲いの急所も6筋なのだ。

ちょっと「がんばりすぎ」な形ではあるけれども、こうして首根っこを押さえておいて、苦しくなって暴れてきたところをカウンターで叩く、という狙いだと思う。これはこれで右玉らしい指し回しだ。

zu第4図は第3図から少し進んだ局面だが、まさに糸谷の思惑通りの進行である。

後手は美濃囲いに進展性がないためこれ以上玉を固くできない。かといって盤面右側で戦いを始めても駒の数が違いすぎて攻めにならない。仕方がないので△6四歩を突くために△5三金から△6四歩と美濃囲いを崩したが、手に乗って駒を捌くことができた。次に▲7七桂から▲6五金と教科書通りの攻めが決まると本当に終わってしまうので、仕方がなく△4五歩と暴れる。

ここで鈴木の特攻をかわせれば勝負は決まりである。

zu第4図からの指し手
▲4五同桂△4四角▲7七桂△5五歩▲7四歩△同歩▲6五金△7五歩▲6四金△同銀▲5四金△5六歩▲同銀右△5五歩▲4七銀△6六歩▲6八歩(第5図)

平凡に▲4五同桂と取られて困った。狙いの△9九角成は▲5三桂不成が飛金両取りで終わってしまう。この局面でピタっと指し手が止まったところを見ると、通常と逆の形(普通なら△6三金△6四銀で、5三の地点は駒が利いている)なのでウッカリしたのだろう。

となると△4四角は仕方がない。1筋も突き捨ててあるので、歩が入れば△1八歩△1七歩が狙える。しかし、▲7七桂から▲6五金と教科書通りの攻めが本当に決まってしまった。

ここまで得をすればあとはいくら屈服しても腹は立たない。△6六歩にもガッチリ▲6八歩(第5図)と受けて磐石である。

第5図からは仕方ない△7三銀引に▲4四金△同飛▲6五桂△6四銀▲5三桂左成と気持ちよい桂跳ねが実現し、以下も手堅くまとめて糸谷が押し切った。まさに糸谷流の見本のような一戦だった。

最初に記したとおり、この形では△7四歩△7三角が後手の一つの狙いとなる。こうすることで後手の角が働くからだ。逆に言うと、3三角と置いてある形であれば先手側はさほど怖くはない。
その狙いを阻止するために▲7五歩と位を取り、その位の確保の時間稼ぎのために▲6五歩と6筋の位も取ってしまうというのは、かなり斬新な構想だと思う。