第48期王位戦第7局は最終盤までもつれにもつれたが、最後は羽生がポッキリ折れる一手を指して終わってしまった。直前までが難解な終盤戦──しかもむしろ羽生有利──だっただけに、ネットなどの反響もすさまじかった。
渡辺ブログなどでも触れているとおり、最後△6九銀不成では△7六桂としておけば羽生が勝っていたようだ。
105手目▲7七桂が詰めろ逃れの詰めろ、というのもかなり劇的な手で、この△7六桂を含めた攻防は白眉。皆さんにもどのくらいすごいのか、ということを知ってもらいたいので、今すぐにでもここに書きたいくらいですが、自分の将棋ではないので、遠慮しておきます。記者の方々はこの膨大な変化をまとめるのは大変だと思いますが、これを闇に葬ってしまうのはとてももったいないので、しっかりと取材して頂きたく思います。
ということで、きっとちゃんとした解説があるものと信ずる。しかしまぁ、復帰第一弾(笑)ということで、白砂が調べたことなどを含めていろいろと書いてみたい。
まず、▲7七桂が詰めろ逃れの詰めろであったことについて、△6九銀不成とした場合(つまり本譜の進行)の詰み手順をおさらいしよう。第1図がそのスタート、△6九銀不成とした局面だ。
第1図以下の指し手
▲6二金打△同角▲同金△同玉▲5三角(投了図)
ここで、
1.△6三玉
2.△5三同玉
の二通りの逃げ方がある。
1.の△6三玉は▲6一龍△5三玉に▲6五桂と龍を取り、△同桂▲5四飛△4二玉▲5二飛成△3三玉▲3一龍△4四玉▲3四龍(第2図)までで詰み。
よって2.△5三同玉と取るが、やはり▲6五桂と取れるのが大きく、△同桂▲5一龍△5二歩合▲5四飛△6三玉▲5二飛成△7三玉▲7一龍△8四玉▲7四龍(第3図)以下詰み。
△6五同桂で△6五同歩もあるが、やはり▲5四飛と上から押さえれば詰む。
羽生ほどの人間がこの詰み筋を読めないはずがないのだが、これにはいろいろと伏線がある。もちろん今まで戦ってきた疲労やら心理状態もあるが、第1図から別の詰み筋もあったのだ。
それが第1図で▲6三金打と攻める手で、以下△6三同玉▲6一龍△6二桂合(第4図)と進む。
第4図では桂合が唯一詰まない合駒。
たとえば△6二金合だと、▲同金△同角▲5三金△同玉▲6五桂△同歩▲5四飛△6三玉▲5二飛成△6四玉▲6二龍引(第5図)までで詰む。長くて申し訳ないが、とにかく5三に玉を呼び込んで▲6五桂、という攻めなのできちんと追っていただけていると思う。
桂合なら後手玉は詰まない。だから第1図では桂を持っていないとダメ。だから第1図で△7六桂と桂を手放すのはまずいと、おそらくそう判断してしまったのだろう。後述するが、実際は△7六桂と打っておけばこの詰み筋も防ぐことができていた。
では、実際に△7六桂と打たれたらどうなっていたのか? それを検証してみよう。
まずは同じように▲6二金打と追ってみる。
これは以下△同角▲同金△同玉▲5三角△同玉▲6五桂△同桂▲5一龍△5二歩合▲5四飛△6三玉▲5二飛成△7三玉▲7一龍△8四玉(第6図)となって詰まない。△7六桂と打っていることによって、香の利きがさえぎられているために▲7四龍とできないからだ。
では、羽生が読んでいた詰み筋、▲6三金と捨てる手はどうだろうか? 桂を打っているために違った局面になるはずだ。
しかし、▲6三金打△同玉▲6一龍△6二金合▲同金△同角▲5三金△同玉▲6五桂△同歩▲5四飛△6三玉▲5二飛成△6四玉▲6二龍引のとき、△7五玉(第7図)と逃げることができる。これもやはり、△7六桂と打っていることによって、香の利きがさえぎられているために△7五玉と逃げられるから詰まないのだ。
第7図からも追っていく手がないわけではないが、やはり届かないようだ。
たとえば、第7図から▲6四龍△8四玉(△6四同玉は詰み)▲7三龍△同玉▲5一角△6四玉▲4二角成△7三玉▲5一馬△6四玉(第8図)は王手の千日手で逃れ。
おなじく第7図から▲6四龍△8四玉▲7四龍△同玉▲7六香は、△8五玉▲8六歩△9四玉▲5四龍△8四桂合(第9図)で逃れ。
また、第7図の直前の▲6二龍引を▲6二龍寄に変え、△7五玉▲5三角△8四玉▲7三龍△同玉▲6二角成△6四玉▲7二馬(第10図)と攻める手も、△7五玉▲6五龍△同玉▲5四馬△7五玉▲7六馬△6五玉とされるとやはり逃げられてしまう。
以上のように、△7六桂に対して攻めていっても後手玉は詰まないようだ。
後手玉を詰ますことができなければ、先手玉は豊富な持駒であっという間に詰まされてしまう。△7六桂に対して攻め合う手は後手勝ちと結論したい。
では、△7六桂に対していったん受ける手はないだろうか?
たとえば──というかこれくらいしかないが──▲8九金(第11図)と受けてみる。
第11図から△8八桂成▲同金△7九銀打などと攻めると▲同金△同銀不成▲6三銀でアッ!! ということになるが(笑)、あせらずに△8八桂成▲同金△7七銀成▲同香(▲同金は△8八銀で詰み)△7六桂(第12図)とゆっくり攻めれば先手が困っている。
第12図で▲7八金上という受けは△7七角成という必殺の一手(どちらの金で取っても詰み)があって無効だし、▲8九銀と受けるのも△8五桂と跳ねる手が△8八桂成▲同銀△8九金▲同玉△7七桂不成▲同銀△8八香以下の詰めろになっている。
以上のように、羽生が△7六桂としておけば勝っていたというのが白砂の結論である。
実際にはもっと難しい変化もあるのかもしれないが、それでも、これだけでも十分に難解な終盤戦である。
できれば、この高度な戦いを実戦で見てみたかった。