相振り飛車のすすめ

■相振り飛車の囲い

 まずは相振り飛車で用いられる玉の囲いから。
 これが全ての基本になる。


□矢倉

 第1図のような囲いを指す。



 相居飛車で矢倉がよく指されていることからも判る通り、上部からの攻めに非常に強い。相振り飛車は相居飛車と同様に上から攻めてくる形になるので、横からの攻めに強い美濃囲いよりも上からの攻めに強い矢倉囲いが用いられる。

 組み方としては、3七銀と4七金の形を作る。早囲い(先に▲4八玉▲3八玉▲2八玉としてから▲3八金と締まる囲い方)は危険だ。狙える場合もあるのかもしれないが、やらない方がいい。

 弱点は特にない。上部にも端にも強い、いい囲いである。
 しいて挙げるなら手数がかかることくらいだろうか。先の説明の通り、矢倉囲いは上部に備えてから玉を移動する。そのため、それまでは玉は裸の状態となる。その間に簡易な囲いから攻められてしまうと、どうしてもこちらの方が相対的に弱い玉型になってしまうのだ。
 そのため、第1図後手のような片矢倉の形もよく指される。やや固さは劣るが、それでも十分に固い囲いである。ここから△8二玉△7二金と本矢倉に組む手もある。

 矢倉は相振り飛車最強の囲いだ。
 相振り飛車戦で矢倉に組むことができたら、作戦勝ちか誘われたかどちらかだと思っていい。チャンスがあれば常に狙っていきたい。


□金無双

 第2図のような囲いを指す。



 この形を見て「筋わるっ」と思った人は筋がいい。とにかく壁銀がひどい。
 これは相振り飛車ならではのもので、同じ振り飛車でも対抗形と違って相手は上から攻めてくることになる。そのため、壁銀であるデメリットを承知で、この形に組むのである。金銀を並べたこの形は、上からの攻めにはなかなか強い。

 長所は他にもある。
 第2図の後手は、第2図先手側の形から△7四歩△7三銀と壁銀を解消したところだが、これもなかなかいい形だ。
 そして、そこから更に△6四歩△6三金△8二玉△7二金と進むと……、
 相振り最強の矢倉囲いの出現である。
 このように、「とりあえず金無双に組む→機を見て矢倉に組み替える」という融通が利くのが金無双の特徴である。矢倉の項で説明した通り、いきなり矢倉に組もうとすると、どうしても途中の状態で玉が不安定になる。金無双に囲っておけば、そういう心配はない。相手の陣形に不備があれば安心して攻めに行けるし、駒組み合戦になれば矢倉を志向できる。
 この柔軟性が、金無双の最大の長所だ。

 短所の方は、これは簡単で、とにかく横からの攻めに弱い。モロい、と言っていいくらい極端に弱い。
 第3図のように、4一飛と打ってある形で4四桂と打たれたらそれだけでほぼ死亡である。壁銀であること、5二の金の自由度(動ける範囲)が極端に狭いことなどが原因だ。



 金無双に組む場合、この短所は頭に入れておく必要がある。
 つまり、弱点が露呈しないうち相手を攻めつぶすか、弱点を解消するために矢倉に組み替えるか、いずれかの指し方をしていくのだ。


□穴熊

 第4図のような囲いを指す。



 一般的な穴熊と違い、金が並んでいるのがポイントだ。金無双と同じ理屈で上部からの攻めに備えている。3九金・3八金の形では、4筋があまりに薄い。
 長所は見ての通りで、王手がかからない(笑)。
 まぁ、冗談ではなく、終盤で王手がかからないというのは大きい。一手違いの攻め合いになれば、まず勝てると思っていいだろう。
 ただ、それは同時に短所でもある。
 対抗形の穴熊では、固さというよりはむしろ横からの攻めに対する遠さで勝っている印象がある。固くて攻めにならないのではなく、遠いために1手届かず、その手数の差で勝つ、という将棋である。
 しかし、相振り飛車の場合は通常の対抗形と違って上から攻めてくるので、対抗形での遠さ、速度感覚とは根本的に違う。
 総合的な固さでは矢倉の方が上、と言われている。横からの攻めに対しては矢倉よりも耐久力があるのだが、それも第4図後手のように▲6四歩△同歩▲6三歩とされるだけで一発で弱くなってしまう。2筋に飛車を打って▲5一銀(角)という筋でも簡単に裸にされてしまうし、ものすごい耐久力があるわけではないのだ。
 また、根本的な問題として、相振り飛車では、飛車交換して打ち込んで……という展開より、飛角銀桂を配置して上から攻めるという方が多い。そのため、穴熊の耐久力を発揮する場があまりない。

 逆に言うと、相振り飛車で穴熊にする場合には、居飛車感覚で上から攻めるのではなく、積極的に飛車交換を狙って大捌きに行くべきだ。
「普通の相振り飛車」では、穴熊はおそらく勝てない。


□美濃

 第5図のような囲いを指す。

 

 ただ、美濃囲いは横に強く上に弱い囲いなので、相振り飛車には適さない。だからこそ変化球としての美濃囲いという戦略はアリなのだろうが、それにしても元々のデメリットが大きすぎると思う。
 できれば、せめて第5図後手陣のように高美濃くらいにまでは組みたい。銀冠(第6図後手)まで組めれば一人前で、それなら上部に厚いから十分に成立する。
 考え方としては、最初から美濃囲いを狙っていくのではなく、矢倉狙いが失敗した時の押さえとしておきたい。
 第6図のように▲4六歩として、△3六歩ときたら▲同歩△同飛▲4七金から▲3六歩として矢倉、△3六歩とこなければ▲4七金から美濃、という具合である。いきなり▲3八銀という手はもちろんあるのだが、個人的にはあまりお勧めできない。
 美濃囲いもまた、矢倉、あるいは銀冠への通過点の囲いと認識すべきだ。


□3八金

 第7図のような囲いを指す。



 ここまで読んでいただければ判るように、これもまた「矢倉狙いの途中の囲い」である。
 金無双よりも上部に強く、特に対三間飛車には効果が高い。一発勝負で用いれば、相手は慣れない形に戸惑うかもしれない。手数も掛からない(▲5九金と締まる手を除けば、わずか4手)ので、急戦にも向いている。
 個人的には、7七桂戦法から相振り飛車の形になった時、お世話になる形である。



 特殊な囲いを除けば、大体これらの囲いが相振り飛車で現れる。
 相振り飛車が苦手、という人は、まずは本項で囲いの長所・短所を知ってほしい。
 ここから先の説明は、全てこれらの囲いを知った上で、「○○という囲いに対する攻めの陣形」とか「××という囲いにするための駒組み」などを解説していくからだ。本項の知識が頭に入っていないと、「なぜそう指すか」という大事な部分の理解ができない。
 どの囲いが強い囲いかを知っていれば、その玉形を目指して駒組みができる。その囲いの弱点を知っていれば、弱点を突くべく攻めの陣形作りをすることができる。はじめに「相振りでの囲いの種類と知識さえ判っていれば、相振りはなんとか指せる」と書いたが、それはこういうことなのである。